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ナメクジオバケの小説置き場

五条ダンのサイト。短編&連載小説を置いています。物語はフィクションです。実在の人物、企業、団体とは一切関係ありません。「小説家になろう」にも同一の作品を投稿しています。

TOB! TOB!

ぼっちの就活日記 プロローグ~人工精霊タルパ篇~

【目次】

2013年03月05日(火)晴れ

 仮病空しく母に叩き起こされ、ボクは行きたくもない会社説明会に行かざるを余儀なくされた。初めての会社説明会であり、そもそも初めての就職活動だった。

 午前中にエントリーシートを書き上げ、運良く昨日手に入れた証明写真を貼る。エントリーシートの自己PR欄には、サークルの幹事長を務めた思い出や、海外ボランティアでの成果を記入した。なお、文章中には叙述トリックを仕込んでおいた。

 エントリー先のM化研株式会社は上場企業であったため、株式の51%を買い占めればボクは社長になれるはずだ。さっそく、SBI証券からM化研株式会社の株を1000株購入した。

 92万円も浪費してしまったが内定のためだ。仕方あるまい。念のため、M化研株式会社の株価が15%下落したときは、証券会社からボクの携帯電話にアラーム通知が行くように設定しておいた。リスクヘッジができてこそ一流の就活生というものだ。

 会社説明会は、午後12時30分から始まった。ボクはM化研の株価が下がってないかどうか不安で一杯だった。もっとも、下がったら証券会社が教えてくれるのだけれど。

 最初に、人事部の方が「本日の説明会は、選考過程ではありませんので、どうか気を楽にしてリラックスして参加してくださいね」と言ったので、ボクは安心した。安心したので、頬杖をついてあくびをしたら、なぜか人事さんがボクをすごい形相で睨んできて怖かった。

 会社説明の内容は、貰ったパンフレットに書いてある内容の繰り返しなのだが、他の就活生たちは手帳やノートを取り出して"何か"を必死にメモしていた。ボクも暇だったのでノートに小説のネタを書いて遊んだ。

 会場内には40名ほどの学生がいて、遅刻して入ってきたボクは一番うしろの席だった。大学の講義では遅刻をすると一番前の席になるのに不思議だなあと思った。

 

 最初はスライドショーを使っての説明で、次に総務さんが前に出てきて会社の魅力などを話し始めた。そしてこの瞬間、周囲の雰囲気が一変した。

 なんと、会場にいる40人の学生が一斉に総務さんの方を見つめて、うんうんと頷きはじめたのだ。異様な光景にさすがのボクもあっけにとられ、ここはどこかのカルト教団なのかと思った。学生らの頷きの儀式は、30分に渡って執り行われた。

 さて、時刻は14時50分になり、そろそろ説明会は終わりに差し掛かってきた。人事さんが、「では最後になにか質問はありますか?」と聞くと、ボク以外の学生が一斉に挙手したので度肝を抜かれた。小学校の参観日に、ひとりだけ手を上げられなかったトラウマが蘇った。

 しかし、就活生たるもの、ここで弱みを見せてはいけない。ボクは腕組みをして、学生たちのよく分からない質問をうんうんと頷きながら聞いていた。

 14時59分、学生と人事さんとの質疑応答中に、突然けたたましい黒電話の音が会場に響き渡った。火事だろうかと思ったが、そのベルの音は、ボクのカバンの中から聞こえてくるのだった。

 こういうときどうすれば良いのかわからず、ごまかすために口笛を吹いた。

 人事さんが睨むのをやめないので、仕方なく携帯電話を取り出して確認すると、なんと証券会社からだった。それはM化研の株価が15%下落した知らせだったのだ。なんということだ。92万円の株式が15%値下りしたことは即ち、14万円の損失を被ったことになる。アベノミクスに乗じて株を始めようとする人は、こういう損失リスクがあることをよく理解してから手を出して欲しい、なんてボクの言える立場ではないのだけれど、少なくとも株式投資の世界はノーベル経済学賞受賞者の運用するファンドが破綻するほどには不条理な世界なのだ。

 ボクは、立ち上がった。もうこの企業に用はない。

「お、おい、君!」

 人事さんが、呼び止めるも、ボクはコートをまとい、帰り支度をする。ここを出てゆくまえに、ひとつ置き土産をしておこうと思った。

「たった今、御社の株価が15%下落しました。ザラ場終了間際の出来事であり、少なくとも政治的要因や業績の下方修正を発端とする急落ではありません。可能性として考えうるのは、御社の株式の30%を保有していたNホールディングスの投売りではないでしょうか。Lカンパニーが御社に仕掛けた敵対的買収はNホールディングスの登場により失敗しましたが、Nは本当にホワイトナイトだったのでしょうか。あそこは事業内容が不明確で、工場敷地の登記簿を調べたところ、Lカンパニーの子会社が抵当権を設定していたことが分かりました。くくく、御社は騙されていたんですよ。ところで、私はいま、御社の株式を1000株保有しています。私がこれを売れば、どうなるか分かっていますよね?」

「ふ、ふん。たかだか個人投資家の売りなど、怖くもなんともないわい」

「TOB! TOB!」

 ボクが号令をかけると、40人の学生一同、続けて復唱した。集団心理は扱いやすい。

「「「「TOB! TOB!」」」」

 会場内は、パニックと混沌に包まれた。

 人事さんが頭を抱え、膝から崩れ落ちる。

「も、申し訳ございませんでした。どうか貴方様に弊社を救って頂きたい」

「話が分かればそれでいいんだよ」

 こうしてボクは、見事M化研の内定を勝ち得たのであった。

(終)

 

 という妄想をしていたら、いつの間にか会社説明会が終わっていた。えーと、どこからが妄想かというと、アラームが鳴ったところあたりだ。正確には、M化研の株価は本日0.5%下がっただけで、通知メールは発動しなかった。まったく、現実は面白くないものだ。

 書類選考に通過すれば、グループディスカッションが受けられるそうだが、とらぬ狸の皮算用はやめておきたい。受かったらどうしようなど、杞憂もよいところだ。

 人事さんがエントリーシートの叙述トリックに騙されないでさえいてくれたら、ボクはめでたく落選するはずだ。

 くたくたになって家に帰る。おばあさまに電話をし、くれぐれも勝手に『孫に代わり会社にエントリーすることのないよう』重ね重ねお願い申し上げた。

 ふう……今日はこんなところか。この日記が黒歴史になるのは、想像に難くなかった。

 ところで、M化研株式会社とは、架空の会社であり、この世には存在しない。似たような実在の企業に、サンエー化研とエスケー化研があるが、それらの会社とも一切関係はない。

 もしM化研株式会社が実在するのであれば、TOBネタをやった時点で金融商品取引法違反(風説の流布・内部者取引)となりボクは塀の向こうに落ちてしまうだろう。

 それ以外の(どうでもいい)部分はおおよそ本当にあった怖い話である。

 ひとまず就職活動は一件落着したので、明日からは小説を書いて生きたいと思い、ボクは安らかな眠りについた。

(続く)